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[オノ・ナツメ]ふたがしら ~江戸美学と男の色気、そして「50禁」のディープな人生哀感

[オノ・ナツメ] ふたがしら ~江戸美学と男の色気、そして「50歳未満禁止」ってくらいディープな人生哀感

 

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この作品読んで、初めて「男の色気」というのがわかった気がします。よく聞く言葉なんだけど、いまいち感覚がつかめなかったし、そんなの女性じゃないと(ゲイじゃないと)わからんだろうと思ってたんだけど、これは絵で分からせてくれた。なんという表現力。と同時に「江戸美学」みたいなものも理屈抜きに分からせてくれます。

 

最初は「なに、この版画みたいなマンガ?」って、その物珍しさだけかと思いきや、内容的にもすっげーディープで、お見それしやしたって感じです。「18禁」ってありますけど、これ「50禁」でもいいんじゃないか、50歳になるまで読んじゃダメ、理解できないだろうからってくらい深いよ。

 

話の内容は、江戸時代の盗賊団の若き二人が、やがて大盗賊になっていく話。その組織のことを「一味」といい、盗み仕事のことを「つとめ」という隠語で語られますが、今でいう暴力団とはちょっと違う。でも、そこはいいです。枝葉ですから。

 

わけあり人生の道端で「赤目」という一味の親方に拾われた宗次と弁蔵。経緯は別だけど、時期が同じころなので「同期入社」みたいな。性格が真逆なだけに最初は喧嘩ばっかりなんだけど、根っこの価値観が同じなので馬が合い、無二の親友になり(そういうベタついた感じではないが)、人生の大半をともに行動するようになる。

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惚れ惚れするような美学~男気と気風の良さ

この宗次と弁蔵の佇まいがまず美的にはまってる。腕も頭も切れるんだけど、なによりも「きっぷ(気風)」がいい。今では死語ですが、うじうじしないで、スパン!と竹を割ったような言動、それを支える強烈な美意識と価値観。

 

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物語は世話になった親方が逝去したあたりから動き出し、跡目を継ぐはずだったのに、他の者になってしまったので、「じゃあいいや、抜けさせてもらうぜ」と空気全然読まないで(読んでるんだけど敢えて無視して)、すっくと立って、二人が出ていく。

 

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ここで何の未練もなく即座に立つところが「気風がいい」のですな。勿体無いとか、せっかくとか微塵も考えない男っぷりの良さ。その惚れ惚れするようなカッコよさを、言葉を一切つかわずに一枚の絵だけで描いてている。目と口元の描線に揺るぎない決意を表現し、仰角アングルで堂々とした感じを出し、、とか細かなテクニックはあるんだろうけど、ともあれ結果的にはものすごくよく表現されている。これってメチャクチャ凄くない?と思った。

 

他にも随所にキメのシーンがあったりします。

 

一旦江戸を出て、行き倒れに出会い、奥さんへの土産に買った櫛を渡してほしいと今際のきわで頼まれたら、ただそれだけのために又何日もかけて江戸に戻る。なんの報酬もなく手弁当でなぜそこまで?といえば、それをしなけりゃ「男がすたるだろ?」と。ここで二人の価値観はピタリと整合し、話し合うことすらしない

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また、彼らの大物ぶりを鋭く見抜いた、まるで呂不韋のような商人が出てくるのですが、大金をポンと「まかせた」の一言で渡され、ネコババすることもなく何年も預かる。証文もないから取っちゃえばいいじゃんという部下を叱りつけ、「私の格を落とすのかい?」と。

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ここ、弁護士的に、あるいは一括パック的にいえば、大事なことは口約束でいいのだ。契約書なんか書かなくてもいい。書くような物事は大したことではない。大事なことになるほど口約束でいいし、口約束で果たされないならもう意味がない。一片の言葉を信じられる人だけ大事なことはすればいい。

 

宗次の方が頭も切れるしクールだし、お兄さん的で、猪突猛進型の弁蔵に対し、人生の岐路になる瞬間にぼそっとなんか言うんですけど、これが意味深で重い。

 

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大阪で学ぶ

そこから二人の珍道中みたいな江戸定番になって、よくある旅風景になったり、そこであれこれ出会いがあったりします。行き着く先は、先代が認めていた大阪の一味「夜坂」であり、そこに転がり込んで「修行」をする二人、なんだかんだ言って可愛がってくれるご隠居の親分。そしてそこでも二代目問題があり、正統な跡目の鉄と、ナンバー1になりえたナンバー2の芳の微妙な人間関係がある。自分らが苦く経験した跡目問題があり、これは現代の企業承継なんかにも通じる人間ドラマですね。

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ただ大阪夜坂は赤目のドロドロよりも遥かに格上で、跡目を継ぎつつ更に深く大きなところまで考える鉄。下をまとめて、板挟みになって心労する芳。自分らで気づくまでじっと見守るご隠居。大人だねえ。

つとめ(盗み)をしない一味は一味じゃねえって価値観はあるんだけど、より高次のレベルでは、本来食えない連中が寄り添って生きる互助組織であって、大阪をやりつくし、遠征までして盗みをする必要があるか、世を忍ぶ仮の姿で誰もが生業をもちつつ、インターバルを敢えて長くとることでその生業で十分食っていけるところまで熟すのを待ち、最後に大仕事を成功させ、一花咲かせたところで解散宣言をする。それが二代目の役目だと。宗次も弁蔵も大きく学ばせて貰うし、これがあとの伏線になる(のだと思う)。

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大阪を卒業した二人は自分らで一味を作る。赤目を見返してやるんだ、大きなことをやるんだという青雲の志のまま、情熱的に、でもクールに、発展していく。

 

人生の充実と虚しさ

江戸一番の大一味にのし上がるころから、二人の間に微妙に隙間風が入る。
微妙に三角関係なんぞもちょい入るんだけど、本質的なところでは、人生を賭ける程の大事業というのは、それが達成されれば達成されるほど虚しくなっていくという法則でしょう。


これが分かるかわからないかで50禁でいいんじゃないかと。40代の「若造」だったらまだギラついてるから、そこらへんの枯れ具合がわからんちゃう?って。

 

一方では、俺はこれだけ成し遂げた!という誇らしい気持ちもあるんだけど、同じくらいの強さで「それがどうした」って思っちゃうんだよな。前にエッセイでも書いたけど、巨大な事業欲を持つ者は、それと同じくらい巨大な厭世感も持つ。巨大な実質は、同じだけの虚無を伴う。いや、ほんとそうだよなーって思います。

 

だから宗次も弁蔵も、大一味の二人親方=「ふたがしら」になるんだけど、二人が楽しかったのは、まだ無名の頃に、「見てろ、いっちょカマしてやろうぜ、なあ、相棒!」とかやってるときであって、大親分になっちゃってからは、なんか詰まらなくなる。

 

あとは惰性というか意地というか義理というか、宗次は大阪の芳が一緒についてきてくれて、「あんたら、おもろそうだわ、見届けさせてもらう」という言葉をいだき、芳が非業に倒れたあとも、芳に見せてやろうという思いで続ける。もう意地というか義務というか。

そして、「あ、俺、意地になってるわ」と気づいた宗次は、そっと親方をやめる。一人親分になった弁蔵は、「俺一人でももっと大きくしてやるぞ」とこれも意地になってやり続けるけど、内心は悲しかったと思うのです。このあたりは間接的にすらほとんど描かれてないんだけど、弁蔵の悲しさと寂しさが、描かれていない行間から立ち上ってくるような感じがする。

 

最終回は、、、これはもう、良質の日本映画の世界で、老いた宗次(それでもイケメン)が自分の人生の彩ってくれた人々の墓参りをするシーンが続くんだけど、一切セリフはないし、擬音もない。この作者は、もともと「ガーン」「わ~」とかいう物音(擬音)を一切使わない、漫画としては珍しい表現方法をとるのだけど、この最終回はひときわ効果的です。

 

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絶対的な静寂のなか、昇華されていった哀しみとでもいうか、悲しいとか虚しいとかいう言葉では語り尽くせない、さらに上の次元の感情、人生全体を通観する感情があってそれが鳴っている。それが凄すぎちゃって、読んでるこっちも感動してるんだけど、涙も出てこない。ああ、こんな種類の感動ってあるんだって。

 

それは愛した人が死んでしまって15年くらい経ったら、
あるいは命がけで成し遂げたものが蜃気楼のように消えていって、それから10年くらい経ってみたら、

達する心境のような気がする。だから50禁。

 

女性も色っぽいし

男の色気とか書いてますが、男でこれだけ描けるなら、ましてや女性も。

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版画のようで写実的な臨場感

道中の描写が多いのですが、お馴染みの広重の東海道五十三次のような風景なんだけど、なんかよそよそしくなくて、見てるうちに、奇妙な臨場感を覚えます。自分もまたこの街道を歩いてるかのような。

 

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特にこの次の頁の右側の絵。前方に次の宿場町が見えてるんですけど、線でゴチャゴチャって描いてるんだけど、なんか異様に写実的。どうかすると写真のようにすら見える。そしてアングルが絶妙で、ちょうど自分がそこを歩いてるような目線になるのですね。

 

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ところで、去年(2016年)にTV実写ドラマになったそうですけど、どうだったんでしょうねえ?この哀感と色気は再現されていたのでしょうか?

 

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オノ・ナツメさんという作家さんですが、江戸時代とか時代劇がお得意かと思いきや、現在連載中の「レディ&オールドマン」では60年代アメリカの雰囲気を見事に描写しています。個人的には、そんなに興味もなかった時代なんですけど 、あれ読んで「やっぱ、カッコええわ~」とか思っちゃった。また巻数が進んだら紹介するかも、です。

 

 

本家HPでチラとだけ紹介したけど、全文書き直しまいした。

 

 

 



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