漫画紹介 [ヨシノサツキ] ばらかもん~「普通の日常」の滋味豊かさ
[ヨシノサツキ] ばらかもん
心があったかくなる、ほんわかドメスティックなお話。おすすめです。
展覧会で入選常連という若い書道家が離島で繰り広げるドタバタコメディで、アニメにもなってます(なかなか良いらしい。見てないけど)。
幾つかの要素が入っているのですが、まず
(1)書道の世界
(2)離島(長崎県五島列島)の世界
(3)親子の情愛とありかた
(4)それぞれのキャラの人生世界
などです。
面倒臭いけど普通な主人公のキャラ
まずそれら要素以前に主人公の設定ですが、人付き合いはヘタだが、プライドが高くて、だからすぐ落ち込んでネガになる、まあ引きこもり予備軍みたいな設定です。
つまりは、感受性豊かでナイーブだってことなんだろうけど、社会的・精神的に未熟な部分があり、そこが劣等感になっている。そしてそれらを埋め合 わせるかのように書道という特異な世界でのプライドが支えになるけど、実はそんなもんはつっかえ棒にもならないし、精神的成熟なくして書の世界での進歩も ない。本人もそのことに薄々気づいている。イケメンなのだけど、その活用法も知らない。わはは、かなりややこしい設定ですな。
ただし、別にそんなに変わった人でもないし、変わった人のような描かれ方はしていない。むしろ、大なり小なり、誰もが似たようなもんだろって視点はしっ かりある。そんな未熟な主人公を、純真な島の子供達がなついて、そして島の大人たちが、親友が、両親が少しづつ肉付けしていってくれる。
こう書いてしまうと道徳ファンタジーみたいなニュアンスがありますが、離島だ純真だって言っても、現代の普通の人々です。特に天使っぽく描いているわけでもない。
明るいリア充でありながらも、何をやってもオール3であるという「普通」すぎる悩みを抱える高校生浩志、
漫画家志望の腐女子属性満載の中学生の珠子、
その友だちのボーイッシュな筋肉少女美和、
小学一年で破天荒なくらい明るい「なる」(だが、両親は不明で語りたがらないという秘めた一面もある)
などなど、ややデフォルメされながらも普通の人達です。大人たちも同様で、特に変わった人もいない。
日常生活にこそ滋養がある
だけど人が普通に生活していくだけで、自然でふくらみも滋養も貯えられるもの。主人公は、それに日々触れながら、知らないうちに得難い栄養を得て、人間的にも成長し、そして書道的にも成長していく。
ただし、「成長していく」というもっともらしいテーマは極力避けられていて、日常的に展開するのは、ドタバタなコメディです。でもって、これがけっこう秀逸。何回声を出して「ぶはは!」と笑ったことか。
ユニークな親子関係
あと親子関係がユニークです。素敵なご両親なのですな。お父さんは、主人公が憧れる日本を代表する書道家です。お父さんに教わって書道を始めたくらいで すから。でもって、造形が、海原雄山を田村正和風にしたというか、スマートで良識ある人にしている。このお父さん、カッコいいんだわ。主人公は親父さんを 越えたくて、越えられなくて悶々とするし、その父親へのこだわりをみてると一見ファザコンぽくもあるんだけど、これだけ魅力的な存在だったら、普通に憧れ るだろって気もします。
そして、ユニークすぎるのが可愛らしいお母さんで、全く子離れしておらず、溺愛を通り越してただの恋人じゃないのかってくらいなん だけど、でも、本当のところは聡明な人。感情表現とかが天然なだけで。
書道の世界
島での体験が、書に活かされていく。書も実際にいろいろな書体や作品があげられてて、見ているだけで、楽しいです。書道ってこんなに自由なんだ!ってことでも興味深いです。
よくあるパターンだけど、それがどうした?
よくある設定といえば、そうです。離島モノでいえば、「Dr.コトー診療所」があり、僕も好きですが、テイストはにてますよね、たしかに。主人公がまず人 間的にいい人で、ダメなところと、職業的に凄いところを併せ持っているアンバランスな魅力はよく似てます。また、子どもたちの交流でいえば、遠くは「二十 四の瞳」まで連なっていくでしょう。定番といってもいいかも。
だけど、「よくある」けど、それがどうした?とも思うのです。言ってしまえば、人間のドラマなんか素材が同じ人間なんだから全部「よくある」んですよね。
何一つ目新しいことがなかったとしても(この作品はたくさんあるけど)、そこに人々がいて、関わっていく限り、無限に変化していくし、その人と人とのふれあい、豊かなふくらみをもった陰影は、もうそれだけで十分に描くだけの、そして読むだけの内容をもっている。
この漫画はストーリー展開で読ませる漫画ではないと思う。この先どうなるかとか、運命のなんたらとかは関係ない。だから無限に続かせようと思えば続か せられるだろうし、続いても良い。それは僕らの人生がストーリー展開主導で動いているわけでもないのと同じこと。
なんか昭和の時代のテレビドラマをちょっと思い出した。大きなストーリーの流れは何もなく、ただ日々の生活風景があるんだけど、それだけで巧まずしてド タバタ笑いになったり、ちょっと涙が出たり。
ああ、別に人さえいれば、それでいいんだな、A地点からB地点まで行く必要もないんだな、何がどうなろうとそ こに人がいて触れ合ってる限り、ドラマは続くし、大切なものは日々生まれ続けるのだなって、そういう原点を思い出させてくれる漫画です。
コピーに「なんにもないから、なんでも楽しい」ってあったけど、そうだよなーって思う。
五島列島
ところで長崎の五島列島。行ったことあります!オーストラリアの半年留学して、一時帰国したとき、日本ラウンドがしたくてしたくて、九州一周したことあ るんですけど、その際に行きました。船に乗って延々~って。行って帰ってきただけで、そんなに記憶はないのですが(アラ鍋が旨かった)、いいなー、また行 きたいな。
五島列島出身であり、現在も五島列島に住んでいる作者のヨシノサツキさん、郷土愛に満ちた作品。毎回のタイトルが長崎弁てか五島列島弁(全然わ からん)になってて、よくそんなに方言あるなーと感心します。題名の「ばらかもん」は「元気者」の意味らしいです。
文責:田村
※この文章は、APLACの本家サイト・今週のエッセイ842回の一部に掲載したものを新たにリライトして載せました。