オーストラリア/シドニーから。
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漫画紹介 [江戸 パイン] 社畜! 修羅コーサク ~笑い飛ばしてしまえばいいのさ!って突き抜けた伝統的な感覚

 
 ここんとこ、長いのが続いたので、今回は軽く。ギャグマンガを。

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社畜」と「サラリーマン」の違い

 「社畜」という言葉も、最近ではすっかり市民権を得てるかのようですが、でも出てきたのは意外と古くて、確かバブルの頃、評論家の佐高信氏が盛んに言い始めたように記憶してます(調べてみたら最初にこの言葉を作ったのは小説家の安土敏氏という説もある)。

 時を経るうちに、出てきた当初の陰惨な語感はやや減ってきて、高度成長期の「サラリーマン専科」などの「サラリーマン」が「社畜」に置き換わったくらいの感じもします。

 ただ、植木等やら東海林さだおやら、あるいは「サザエさん」の頃の「サラリーマン」というのは、気楽な稼業という側面が強く、悲哀も自虐もあるんだけど、 ベースにあるのは、その分気楽だからいいや、金も権力もないけど責任もないから庶民は楽だよねって肯定的なトーンがあったと思います。

 でも、昨今の社畜なものは、職場による人格否定、人間性の喪失というけっこう深刻な部分がベースになっている。書いてることは同じようなネタなんけど、描く角度が違う、ポジ かネガかが違う。

 これは現実もそのくらい苛烈になったからなのかもしれないし、あるいは受け止め方が変わったからなのかもしれない。どっちもあるんだと思います。

 

  単純にモラハラとかパワハラ、暴力とかいう意味では、昔の方が灰皿は飛んで来るわ、ぶん殴られるわ、罵倒は日常茶飯事だわでキツかったんだけど、あんまり皆も深刻に受け止めてなかったようにも思います。何言われてもあんまり効いてないというか、馬耳東風というか。

 よう分からんのですけど、昔の日本人の方が、あんまり自分をエラいと思ってなかったような気がします。そのへんにプライドがなかったというか。これは僕自身もそうで、そりゃ馬鹿だし、無能だし、ダサいし、貧乏だ し、モテないし、ないない尽くしだから、どんな叱責罵倒されても、そうだよなーと自分でも同意してたりする。だからあんまり傷つかない。

 そして、そんな 無能な自分がなすべきは、いかに頑張って優秀になるかではなく、いかにサボって手を抜いて給料をゲットするかだと。高度成長時代の植木等の「サラリーマン音頭」(サラリーマンとは気楽な稼業ときたもんだ~♪という脳天気な歌が国民的にヒットしてたのですよ)。馬鹿が頑張っても馬鹿のまんまだよって。勉強嫌いだから宿題は写させてもらって提出~、そんでOK~って感じ。そもそもサラリーマンって言葉自体が半ば差別用語くらいのニュアンスあったんじゃないかなー。サラリーマンの前に枕詞のように「しがない」「うだつがあがらない」がくっついてたし。

 

 高度成長時代の日本の会社員って「モーレツ社員」とかいって半ば伝説化してますけどね、僕も子供だったからリアルには知らないけど、それって話盛りすぎだと思いますよ。そういう猛烈に頑張るやつもいたけど、大多数はそうでもない。それは中学高校でガリ勉する奴もいるけど、しないやつの方が多いのと同じことです。昔の日本人、そんなに真面目じゃないって。

 だから、なんというのかな、プライドも求めないけど、その代わり責任も負いませんよ、真面目にやりませんよ、できるだけサボりますよってな感じです。

 

サラリーマン→ビジネスマンの変化


 僕が知ってるリアルタイムの時代の空気でいえば、サラリーマンという言い方が「ビジネスマン」に取って代わられて、なにやらカッコ良さげな、昔の武士みたいなニュア ンスをまとい始めた頃から、なにげに皆でカンチガイして、妙なプライドとかでてきたんじゃないでしょうか?バブルあたりです。

 

 サラリーマン漫画も、「サラリーマン専科」「フジ三太郎」から、「なぜか笑介」「島耕作シリーズ」とか国友やすゆき氏の作品とか、サラリーマン→ビジネスマンになって、カッコよくなっちゃいましたからね~。昔ながらの味でやってるのは「釣りバカ日誌」とかそんなくらいですかね。あ、「美味しんぼ」の初期の山岡さんのグータラぶりも「伝統的」ですね。

 それで、誰もが優秀で有能でカッコいいというアイデンティティに なって、そうあるべき姿が普通になったのかもしれないです。

 

 だからじゃない’ですかね?
 ディスられると傷つくとか、仕事が出来ないと悩むというのは。カッコよくなったんだけど、その分、俺たちみんな馬鹿だもーん、きゃはは、みたいなお気楽さがなくなって、それが鬱の原因になったり、ひいては社畜という悲しい表現につながってるような気もします。

 これは最近の若い世代(常にそういう言い 方されるね)の問題というよりも、バブルを境に日本人が妙にカンチガイしてしまったところにあるのかもしれません。極端にいえば、無能(カッコ悪い)=普通だったのが、有能(カッチョいい)=普通になっちゃってたという。そんな誰もかれもが有能なわけないし、誰も彼もが有能だったら、それはすでに「有能」とは呼ばないよね。

 それともう一点。中高年がなにをカンチガイしたか自分らは偉いことをやってきたかのように思ってしまった部分がデカいと思いますね。「あの頃は~」みたいに。ま、 自分も中高年だからわかるんですけど、そーんなに成長してないと思うし、そーんなに大したことしてきたわけでもないと思うけどなー。



その意味で伝統的な作品
 ギャグ漫画の紹介に、なにをムキになって書いているかというと、このマンガの視点が、伝統的な日本のサラリーマン漫画的だからです。社畜系のマンガが種々あるなかで、この作品を僕が面白く感じたのは、多分そこだと思います。

 

 馬鹿なことをムキになってやってんな~、アホだよね~って、一歩ひいて風刺してるし、スコーンと笑い飛ばしている部分が一つ。

 また「社畜」という、日本社会の労働慣行について問題提起するかのようなフレーズを使っていながら、ぜーんぜん問題提起してない部分。むちゃくちゃな宮仕えのしんどさを書きながらも、それをギャグにしちゃって、それ以上発展させずに、終わりにしてる部分です。

 軽くもなく、重くもなく、笑い飛ばしてそんで終わり。人によっては不真面目に感じるムキもあるでしょうけどね。

 それに、サラリーマン漫画が面白いのは、サラリーマンが面白いのではなく、それを大真面目にやってる人間の巧まざるおかしみ、諧謔味があるからでしょう。つまりは人間が哀しくて面白いから、その人間がやってるサラリーマンも一歩ひいてみたら「何やってんだか」的に滑稽に見えてしまう部分です。

 

 しかし、これを表現しようと思ったら、意外と難しいですよ。ハンパな描き方だったら、妙に問題提起してるかに見えちゃうし、シリアスになっちゃって、スコーンと突き抜けた笑いが生まれないし。その意味で、この作品は絶妙なんです。


表現のぶっ飛び加減が凄い
 まず表現がぶっ飛んでいる。設定そのものは東京から博多支店に左遷食らったサラリーマンということで、別に珍しことでもないのだけど、博多の描写がすごすぎる

 もう北斗の拳以上の世界で、この世の地獄みたいな風景で、そのへんには死体がたくさんぶらさがってるわ。でもってしょーもない暴走族の夜露死苦的に博多支社が「墓多死社」だわ、取引先の照明会社が「悪魔の照明」社だわ、担当者が本当に悪魔だわ職場のお局様がリアルなゴリラだったりするわ(名前は明美)。もう、なんか小学生ギャグみたいなんだけど、ここまで徹底的にやられると面白い。

 そのくせ、人の表情とかキャラとか異常にリアル。

 ああ、いるいるこういう人ってのがたくさん出て来るし、それはなんか写実的な顔もそうです。気持ち悪いくらいリアル。無能丸出しの親父とか、コスパとか、誤字誤用指摘に命かけてる奴とか。

 

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 でもって、解説の言葉が面白い。

 誤字指摘については、「(他人のミス)を指摘したい欲求に逆らえない、もっともマウンテンゴリラに近い人類のことである」とし、絵では文字通り重箱の隅をつついているゴリラが描かれる

 

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無能親父のくせに、「激しい知ったかぶりの全知全能の神感から、若い社員にとっては苦痛のカタマリのような上司である」とか。

 

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 上司が言えば、黒いカラスも白くなるおべっか追随社畜技の「ホワイトクロウ」、しかしやったら最後引き返せない片道切 符だとか。f:id:aplac:20171213143830j:plain


部分的に役に立つところも

 一方では、これはギャグではないわなっていう、対話コミュ技術、謝る場合のコツなんかも書かれてたりします。

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でも、教訓っぽくない。ひたすら娯楽に徹しているというか、これでなにかを学ぼうという気を全く起こさせないという意味では素敵なマンガです。

リアルなんだか、ぶっ飛んで馬鹿なんだか、それすら良く分からないという、突き抜けてる感じが好きですね。

 

一見ありがちなナイスな先輩達

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飲み会で醜く言い争うのでした

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いますね、こういう人↓

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そ、そうなのか?

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これはなんかあるかもしれない

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しかし、これはないだろ

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深夜の残業中の社屋で落ち武者の亡霊にあっても、普通の挨拶をするとか。

 

とまあ、こんな感じで、ナンセンスな馬鹿馬鹿しさを楽しみたい方にはオススメです。

 

社畜」なるものを肯定もしないし、否定もしない。ただ笑う。そして、その笑いの質が、自虐でも、嘲笑でもなく、苦味がないというのがポイントだと思います。

 

 2巻まで出されているところで、休載中です。この濃度で10巻とか20巻とかだったらきついけど、1-2巻くらい、あははと読むには手頃かと。

 

※このアーティクルは、本家のエッセイ845に掲載したものを加筆したものです。

 

 

 

 

 



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