漫画紹介 [原泰久] キングダム KINGDOM
これも超有名ですよね。でもほんとに面白いです。今リアルタイムに連載されているものの中では一番じゃないかなー?ってくらいの傑作だと思います。
中国史の戦国時代、秦の始皇帝とその家臣の飛信の話です。時代的には「項羽と劉邦」のちょっと前。
このあたりを時系列で並べてみると、秦の始皇帝が中華統一(紀元前221年)をした→その死去によってまた世が乱れ、項羽と劉邦が覇を競い→勝ち残った劉邦が「漢」を作る。その漢(前漢・後漢)と延々つづいて衰亡してまた世が乱れた頃の話が 「三国志の時代」(180年頃 - 280年頃)になります。
このキングダムは一連の流れでいえば、一番古い時代の話になります。
このような秦の統一以前はあまり題材になっておらず、僕も不勉強であまり知らんかったので(「墨攻」「奇貨居くべ し」を読んだくらいかな、現在連載中の「達人伝」はそれよりもちょい前)、「秦の六将」とか「趙の三大天」とかも初耳で面白かったです。
説明とストーリーテリングの巧さ
この作品の特長ですが、まずはストーリー。歴史もののストーリーなんか既に史実として定まってるのでアレンジの幅も狭そうなものなのですが、この作品 は、フィクションを膨らませつつも、そのストーリーテリングが抜群に上手です。
三国志や信長・秀吉など史実的に有名な時代なら、読者もある程度の基礎知識があるけど、馴染みの少ない始皇帝の初期なんか、ゼロから読者に説明しないといけないわけで、その苦労は察するに余りあります。が、ものすごーく分かり やすく描けてます。なんでこうなるの?が一読してすっと頭に入る。その説明のダンドリが上手。
あまりにも上手だから自然に読めてしまって、そこの技術や凄味がわかりにくいんだけど、かーなり複雑な話をよくぞここまでって。説明って、何をどの順番に言えば一番理解しやすいか?という論理的先後関係がかなり大事で、プレゼン系の仕事をしている人はさんざん現場で叩き込まれるでしょうが(それが英語の言語スピーキング能力、コミュ力につながる)、その意味でもこのマンガ、参考になります。
キャラ造形の巧みさ
もう一点、わかりやすさを支える要素として、キャラ造形の巧みさも挙げられると思います。わりとシンプルな絵柄なんだけど、登場人物の個性と絵柄が際立っていて、誰かと誰かがごっちゃになるということが少ない。また一人ひとりの背景の物語が丁寧に描かれてるから存在感が違う。また、キャラの性格と見た目の合致率とか、長い物語でありながら人格のブレが少ないとか、そういう点もあるでしょう。主人公である信とか政(始皇帝)は当然にせよ、副長の羌かい(漢字がでない)、ラ イバルの李牧、メンターである王騎、廉頗やひょう公、桓騎などの将軍クラスにせよ、呂不韋や昌平君など文官にせよ、間違えようがないくらいにキャラが立ってます。
超三大天が秦の六将との「完璧な(戦争の芸術のような)時代」を語るシーン
下の画像は、主人公である信が部下たちを鼓舞するシーンですが、あまりにもド外れた熱血ぶりが、却って馬鹿馬鹿しくて笑えるくらいになり、それゆえ逆に部下たちの心を掴んでいくという。でも、この心理わかります。「あーもー、しょうがねーなー」と笑いながら、「いっちょやったろうかい!」ってなる感じ。
政治、戦略・戦術の説明
もう一つは政治、戦略・戦術の説明がしっかりなされてて、且つわかりやすい。なぜここでこの城を取らないといけないかとか、なぜ各国はこういう動きにな るのかとか、そのあたりがびしっと書かれている。
個人レベルの人間ドラマだけではなく、大局観もわかるから読みやすい。かといって説明一辺倒では当然なく、メインにくるのは人間ドラマです。これも飛信隊のいかにも少年マンガ的な爽やかな熱血ぶりというトーンと、戦場を行き交う将軍クラスの論理、そして政が語る「高邁」と形容しても良いくらいの政治思想や人間哲学、羌かいの暗殺一族の世界、、といくつかのレベルでの人間ドラマが並行して走っているのです ね。それが入り混じっているから、ワンパーンにならないで、奥行きの深い読み味を出してます。
あとはマンガ的なデフォルメ(誇張)がいい具合に効果を出してます。迫力を出すときは実際の縮尺を無視して巨大に描いたりとか、豪傑の鉾の一振りで十数 人がぶっ飛ぶという誇張にせよ、そんなわけないだろ?というツッコミもあるんだけど、「やりすぎ」ではない。別につっこむまでもないかって絶妙なレベルに 抑えられてます。これってやりすぎると白けてしまうんだよね。
もう10年以上連載してて48巻にもなり、TVアニメも二回放映されているんだけど、そしてまだまだ話は序盤~中盤でしかないという前途遼遠さでありな がら、全然ダレない。10年以上テンションを維持しているのは凄いです。てか、むしろ最初の数巻が一番話としては浅くて子供たちの冒険話みたいなんだけ ど、どんどん重厚に壮大になっている。でも、初期の少年的な清涼感は一貫して失われていない。重厚になりつつも、爽やかであり続けるのって、言うのは簡単 だけどいざ作るとなると難しいと思いますよ。
とまあ、べた褒めになってしまうのだけど、実際ケチのつけようがないのですね。
強いて難癖をつけるとしたら、主人公の信のリアリティでしょうかね。魅力的なキャ ラでぐいぐい引っ張ってくれるんだけど、あの体躯とキャラデザで、あの戦闘能力というのは、他のバケモノ級の猛将達に比べると、ちょっと微妙なところはあ ります。まあ、そこは熱気でクリアって感じで、別に欠点というほどでもないのですが。
史実に加えられたフィクション部分が多いのですが、それが冗長に流れず、むしろ丁寧な解説として機能してて、読みやすさにつながってます。
そして読んで てゾクゾクする、ページを捲るのももどかしいって名シーンも多いです。
政と呂不韋が人間の本質論と政治論を戦わせるあたり。呂不韋は、人は豊かさと快楽で動くものだという哲学があり、それに対して政は人の本質は「光」だという。あまりにも青臭い理想論でありながら、でも実際そうなんだよなという透徹した卓見が語られます。
あるいは政と燕王が法治主義を 説いているあたりは、現代にもまんま通用する政治哲学として面白かったです。
羌かいの敵討ちとトランス状態になる 暗殺剣は、まんまフィクションなんだけど、こういう殺陣は今までなかった斬新な表現だし。合従軍が作られ着々と秦に攻め込んでくるという緊迫感の盛り上げ 方やら、政が一般市民に演説するシーンであるとか語りだしたら止まらないってな具合にコンスタントに見どころがでてきます。
大国楚の中華一の猛将が出て来るドドーン風景
若き王が、絶望する臣下達を叱咤するシーン。
抜いたユーモラスなシーンも多々あって、けっこう笑えるんだ。
貨幣の発明が、他人との数量的比較を容易にさせ、結果として人間の我欲を増長 させてしまったことは非常な卓見というべきで、凄すぎるので、これはまた別に書きます。
※ この文章は、APLACの本家サイト・今週のエッセイ832回の一部に掲載したものを新たにリライトして載せました。